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丸木俊回顧展―原爆の図 丸木美術館支援チャリティー

今日は午前中に診察に行った後、夫と大宮へ丸木俊回顧展―原爆の図 丸木美術館支援チャリティーを観に行って来ました。

昨年美術館は存続の危機に立たされていたのですが、マスコミによる報道により多くの人から支援があり、危機は脱したそうです。しかし今後さらなる支援の手を広げるためにチャリティー絵画展が企画されました。

丸木美術館へはちょうど2ヶ月ほど前に出かけており、原爆の図も観てきました。よく晴れた気持ちのいい日でしたが、原爆の図という重いものと向き合わなければならない、という感情も左右してか館内はとてもひんやりとした雰囲気でした。館内に人がほとんどいなかったこともあったのかもしれません。

そんな中私が心惹かれたのは丸木位里氏の母、丸木スマさんの絵でした。70歳を過ぎてから息子の妻である俊さんの勧めで描き始めたそうですが、その明るくてあっけらかんとした絵を前に「丸木位里さんのお母さんってこういう絵描くんだ。原爆の図とはずいぶん対照的だな。どうしてこんなに違うんだろう」と不思議に感じました。またご夫妻が使っていたアトリエに座り、窓の外から見える都幾川を眺めながら、原爆の図ばかりクローズアップされてしまったことは果たして丸木夫妻にとってどういう意味があったのだろうか、とも考えてしまいました。それ位館内は静かで穏やかな雰囲気に包まれていたのです。

そういうこともあってか、今朝の朝日新聞の記事を読んですぐに「行ってみよう」という気持ちになりました。

今回原爆の図以外の絵を観て俊さんの絵の色彩や画風の明るさにまさにスマさんとの共通点を感じました。位里さんが俊さんと結婚した理由はもちろんお互いの才能に惹かれ合ったのかもしれませんが、もしかしたらこの母親と同じ明るさを持つことも関係があるのかもしれない、と思いました。

同時にデッサン力の確かさを改めて感じ、だからこそあの原爆の図が描けたのだな、とも思いました。企画された画商の高橋さんの話によると俊さんは原爆の図の前は当時日本の信託統治領であったパラオで生活されていた時期もあり、元々は明るい画風の絵が多かったのだそうです。

そんな俊さんの画風を決定的に変えた原爆というものは本当に恐ろしいものだったのだな、と思いました。お陰で新しい視点から原爆の図を眺めることができそうです。そのうちまた行ってみよう、という気持ちになりました。

中にとても気に入ったデッサン画とマグカップがあったので購入することにしました。美術館にも売り上げの一部が寄付されるそうです。我が家に初めて美術品がやってくることになるので、今から楽しみです。

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